notte!|電車にノッテ楽しむサイト

星の上を歩く Vol.3 ~日暮里・谷中 前編~
Facebook
Twitter
シェア

星の上を歩く Vol.3 ~日暮里・谷中 前編~

こんにちは。こんばんは。
東京お散歩ライターのユミです。
「星の上を歩く」3回目の本日は、日暮里・谷中へのご案内です。

日暮里駅・駅名標の写真

日暮里は江戸時代まで「新堀(にいほり)」と呼ばれていました。
それが徳川吉宗の頃に、「1日過ごしても飽きない里」という意味を込めて「ひぐらしの里(日暮らしの里)=日暮里」とその呼び名が改まったと言われています。

谷根千MAPの写真

目新しいものが大好きな江戸っ子をして、「1日過ごしても飽きない」と言わせた日暮里。
今回は「谷根千(谷中・千駄木・根津)」として人気を集める谷中を中心に、のんびりお散歩してみましょう。

谷中・路地の写真

外国から訪れる観光客にも人気の谷中は、歩いているだけでもワクワクします。
ノスタルジックな街並みはまるでリアルなテーマパーク。

谷中・街の写真

谷中の街を歩くとき。
ここではない、どこか。
たとえば過去のさなかを歩いているような、そんな錯覚を覚えます。

古びた商店街。
色あせた植物の鉢。
過去が透けて見えそうな、曇りガラスのショー・ウィンドウ。

ブランコの写真

日常と地続きでありながら、時間の流れかたが違っている。
そんな心地良い違和感。

振り袖の少女の写真

民俗学に「ハレ」と「ケ」という言葉があります。
日常を表す「ケ」に対して、お祭りやお正月、祝い事など特別な日が「ハレ」。

「ハレ」は「晴れ」とも表記されます。
「晴れ着」や「晴れ舞台」といった日本語にも名残をとどめている、「特別な日」「非日常」を表す概念です。

谷中を歩いている時に「特別」に思える景色も、そこに住む人にとっては「日常」です。
旅人や異邦人にとっては、現地の「日常」が「非日常」のものとして体験される。
そんな「ハレ」と「ケ」、「日常」と「非日常」の逆転がこの谷中という場所でも起きています。
もしかしたら、その逆転が訪れる人の記憶や心をくすぐるのかもしれません。

谷中・道の写真

さて、ここで日暮里駅からほど近い、小さな路地に入ってみましょう。

朝倉彫塑館 入り口の写真
朝倉彫塑館 入り口の写真
写真提供:朝倉彫塑館

静かな小道の途中に見えてくるのは、朝倉彫塑館
写実的な作風と力強い造型で知られる彫刻家・朝倉文夫の住居兼アトリエでもあった、個性あふれる建物です。

朝倉彫塑館 館内の写真
朝倉彫塑館 館内の写真
写真提供:朝倉彫塑館

芸術家が住まいと創作の場をひとところにするのは特別めずらしいことではありません。
けれど、そんな芸術家の住まいの中でも朝倉彫塑館は特にユニーク。
なんといっても、作品を包み込む建物や空間が作品の写実性とはとても対照的なのです。

朝倉彫塑館 中庭の写真
朝倉彫塑館 中庭の写真
写真提供:朝倉彫塑館

たとえば、こちらの中庭。

何も知らずにぱっと見たところは、風情ある庭にすぎません。
美しい木々。
湧き出る水のせせらぐ気配。
ただそれだけでも心なごむ場所です。

けれど、その景色の中に朝倉文夫は沢山の「意味」や「思想」を配置して、人物や動物たちをかたどったブロンズ像たちとは別の形で、この世の「真実」や「美しさ」を表現しつづけたように思えます。

朝倉彫塑館 書斎の写真
朝倉彫塑館 書斎の写真
写真提供:朝倉彫塑館

天井まで届く書物に囲まれた朝倉の書斎。
彼の「生きること」と「作ること」を終わりなく、結び合わせていたもの。
それは何よりも「考える」という人間ならではの営為だったのではないか。
朝倉彫塑館に足を踏み入れ、その中をめぐり歩いていると、ふと、そんな思いが静かに湧き上がってきます。

朝倉彫塑館 朝倉氏の写真
朝倉彫塑館 朝倉氏の写真
写真提供:朝倉彫塑館

次回予告

次回「星の上を歩く Vol.4 〜日暮里・谷中 後編〜」では、朝倉彫塑館から出発して、谷中霊園 へ向かってみましょう。たくさんの猫たちで賑わうことで有名な墓地の先には、思いがけないものが見つかるかもしれませんよ。お楽しみに!

朝倉彫塑館の紹介

施設名 朝倉彫刻館
住所

〒110-0001 東京都台東区谷中7-18-10
Googleマップ

最寄り駅 「日暮里」駅 徒歩約5分
公式サイト

http://www.taitocity.net/taito/asakura/

ご注意

本記事の画像の著作権は朝倉彫塑館 、および「notte!」編集部に帰属しております。画像の無断転載および二次使用はご遠慮ください。

記事を書いた人

東京お散歩ライター:ユミユミ:東京お散歩ライター
大学時代に美術史を学び、2015年4月より「notte!」編集部へ。
東京という街の現代から縄文時代までを紐解きながら、散策日記を執筆中。

過去の記事

関連記事